会社概要


有限会社  進藤忠太郎商店

代表 進藤清任

(所在地)

 愛媛県四国中央市寒川町3094番地

 TEL. 0896-25-0031

 FAX 0896-25-3274

  E-mail: tyuutasindou@gmail.com

配送センター

  愛媛県四国中央市寒川町4765-36

 TEL 0896-25-3088

 FAX 0896-25-3088

  E-mail: m.shinndou@gmail.com

 

進藤清任社長の話し

私の家は昔からの百姓屋です。

私は四代目です。私の祖父の話では山の芋(つくねいも)は明治以前から栽培していた、村では一、二軒だけ作っており、それを近隣の町や村の料理家や菓子屋などに売りに行っていたそうです。

終戦後少しずつ栽培面積をふやし、又品種の改良や栽培技術の研究で良い芋ができるようになりました。

昔から山の芋(つくねいも)は精がつくと云われ滋養強壮の食べ物として重宝されています。

とろろよりも、とろろ団子といわれるまでこだわります。
但し、個々の芋の品質を保証するものではありません。

 

沿革

明治34年 進藤 忠太郎、愛媛県の寒川村(さんがわ )に生まれた。
 

寒川村(現在の寒川町)は、日本三大極地風の一つ
「やまじ風」の町です。 春、秋には風速15m~35m以上の風が吹荒れる。 
年に数回、JR四国の電車が止まってしまいます
最近JRの事故が多発していますので、JRの停止回数増加の予想

忠太郎の父 寅吉は14歳の頃より 隣町で野菜の行商をしていた。
その際 山芋と野菜を一緒に菓子屋や一般の人に売っていた。
忠太郎は幼い頃より寒川の特産品(生姜、かぶ、里芋、山の芋)
を持って香川、 徳島に行商に通った。

戦前、戦中は特産品を中国、近畿、北陸地方に出荷 していた。

終戦後、息子の清任が作る「いもあめ」を売っていたこともある。

昭和36年頃 清任が里芋の撰果機を作る。おそらく日本で1号機である。

それからというもの、毎日10トン以上の里芋を出荷する忙しい日
が続いた。

 
当時山の芋の商売は、冷蔵庫がなかったために半年間しかできな
かった。
昭和45年 山芋を貯蔵する冷蔵庫を建築する。次々に増やして、現在では300トン以上 の「山の芋」を貯蔵できるまでになった。
昭和58年 進藤忠太郎 逝去。
昭和59年 進藤清任が(有)進藤忠太郎商店を設立。 
山の芋の注文が年々増えて、里芋に変わり山の芋が主力になり
現在に至る。

 

地図

本社

 

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山の芋
山の芋
山の芋のグラタン
山の芋のグラタン
配送センター
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